MODENA SINCE1990
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因振る怨嗟

「インフルエンザは、いわゆる細胞内寄生体なので細胞外では短時間しか存在できない。」(Wikipediaより抜粋)

地球の寄生体と考えると、大差ないんだな。

でも、インフルエンザと私は、いつ迄たっても平行線。

相対することも避けたい相手である。

 

なんて可哀そうな存在だろう、生きたいから、細胞の中に潜り込みたい。

明日に手を延ばしただけで忌み嫌われ続ける存在であり、

加速度的に恐怖をばら撒く。

本当、大差ない。

では、また。

走る男

フォローしているツィートで、素敵な情報が飛び込んできました。

スペシャルプログラム、幻魔・妖獣・迷宮・AKIRA

2月23日新文芸坐にてオールナイト上映!

和歌山でもこんな企画ないかな・・・。

 

「2019年だし、これは外せないな」と、家族会議で決まり

元旦の夜にAKIRA(Blu-ray)観ました。

観ながらふと、思い出す。

小さいころ、大晦日明けの深夜枠でAKIRAとか放送してたような気がする。

30年以上前の話だから確かかどうか分からない。

気になってググってみたけど、アキラ100%が正月に放送事故した情報しか出てこない。

真相は闇の中へ

では、また。

正解

世の中にある正解の殆どは自身のエゴであり

絶対の正解を持ってる人ほどコントロールしやすい。

自信のない人間ほど、コントロールが効かない。

が、特に動かないから気にしない。

そんな私の仮説も、正解ではない。

正しいという言葉の意味をググると、正しいという言葉についての仮説が

つらつらと書かれている。

さも、それが当たり前のように。

それを見た多くの人が、「これが正しいということか!」と当たり前のように納得する。

自分は、当たり前にも疑いを抱くように気を付けようと思っているが

その仮説が正解なのかどうかはわからない。

 

私はいつだって

マスタードソースで食べてきた。

バーベキューソースでナゲットは食べない。

では、また。

お中元でヨックモックを頂きました。

小さいころから周囲に与えられ、何となく食べて育ってきたが、最近はめっきり食べる機会が減っていた。

周囲の大人たちからお菓子を与えられない年齢に達しているせいか、私の筋肉と脂肪の割合を鑑みて忖度していただいてるのせいなのか。

とにかくヨックモックを久しぶりに食べている。まさに今、この瞬間もヨックモックしている。

「思わずブログを更新する美味しさ!」で売り出してもいいのではないか?

多くの消費者が首を傾げても私は納得する、大いに賛同する。

だって、思わずブログを更新しているから。

この半年間、ブログを更新するほどの感動的な出来事がなかったのか?と言われるととても悲しいのですが

念願のPS4を手に入れたときより今は幸せ。むしろPS4は食べれない。

食べるときっと、夜中に恐ろしい腹痛に見舞われ、大きな病院の夜間救急に運ばれて

「なんでPS4なんて食べたんや!」と、熱中症患者の対応で天手古舞なっている医師からお叱りの言葉を受けることになるだろう。

それは良くない。だからヨックモックを食べる。もう誰も私を止められない。

 

ヨックモックと言えば、スチール製のお菓子箱。

ここからは個人の感想なので、当てはまらない方には申し訳ない話ですが

お菓子の箱が好きな女性が多い。お菓子以外の物を入れるためにお菓子の箱を求める。

風月堂とヨックモックは長年「お菓子以外の物を入れるお菓子箱」業界のトップランナーなのではないか?

と、私は思っている。ドゥーヴルショコラブランの箱とか机の引き出しにぴったり収まる。

札束を保管するのにも丁度いいサイズ感である。見たところ300万くらいは入りそう。

今度、実家に帰ったら、ドゥーヴルショコラブランの箱を探してみよう。

では、また。

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

僕は新年を迎えることにした。

やれやれ、新年とはなんだろう?

よくわからないな。

旧年はかつてここに存在していたか、あるいは元から存在していなかった。

ただひとつ言えることがあるとすれば、君と過ごしていた旧年は今、ここに存在していないということだ。

にわかには受け入れがたいことだが、

すんなりと月曜日の午前0時、数十秒前に忘れてしまった年越しとやらを体験した。

感動もなく、僕たちはそんな風に年を越していった。

世の中とはそういうものだ。

そして新年が現れた。

―――これはあくまで僕の考えだが―――

それは、新年のようにも旧年のようにも見えた。

オーケー、認めよう、ヤツは新年だ。

あるいはそうかもしれない。

僕はギュスターヴ・クリムトの絵画のような終末の香りがする夜空を見上げ

ひどく、むなしい気持ちになった。

そして僕は小麦粉と卵を買い、家に戻った。

そして年越しそばに天ぷらを乗せ、食後にウイスキーを流し込んだ。

たとえ、新年が何であろうと。

好む好まざるに関わらず、僕は新年を迎えなくてはならない。

やれやれ。

では、また。